津軽三味線 藤田淳哉|幼稚園イベントのサクラトーン

津軽三味線

津軽三味線 藤田淳哉

津軽三味線との出会いは、本場青森で津軽三味線の演奏を聴きながら食事の出来るライブハウスに行った時の事でした。

当時私は、児童演劇を公演しながら全国を巡業する劇団に所属し、その時は青森に来ていて、折角ですからご当地の文化に触れてみたいと思い、青森の芸能である津軽三味線を聞かせてくれるその場所にメンバーと行ったのです。

当時はまだ若かったですし、津軽三味線もまだ若い世代には現在の様には知られて無く、私自身も年配の方が好むイメージしかありませんでした。

ですからあまり期待もしていなかったのですが、演奏が始まるや今までに聞いたことの無い力強い音色に激しいリズム、まさかこんな音楽が日本にあったとは!と驚きと興奮を隠せませんでした。

と同時に「なんで今までこの音楽を知らなかったんだろう、日本の音楽なのに・・・」という、とても残念で悲しい気持ちになった思い出もあります。実はこの思いがサクラトーンの活動につながって行くのですが。

そして青森に滞在する時は毎日の様に聴きに行き、次第に自分も弾いてみたいという気持ちが強くなって行ったのです。

今まで特に楽器を演奏していたわけでもなく、ましてや日本の芸能となると敷居の高いイメージで、もちろんその辺の楽器屋さんに三味線が売っているわけでも無く、一体どうすれば良いのか途方にくれましたが、

まずは地元に帰って三味線屋さんを訪ねてみるとそこで三味線をお借りできたり、先生を紹介頂いたり「これから若い人が活躍してもらわないと!」と、店主さんにはとても良くして頂いたおかげで三味線を始める事が出来ました。

それから様々なご縁を頂き、現在の藤田流の津軽三味線に辿り着いたのです。

藤田流は今まで聞いてきた津軽三味線とは少し異なり、深い音色と絶妙な間の素晴らしさが際立ち、自分の奥にある何かが反応した気持ちになりました。そこから10数年は子供達への思いとも少し離れ、

しばらくは修行に打ち込みましたが藤田流の名取となり演奏活動や教室の運営をする中で「子供たちに聞いてもらいたい」という当初の思いを実現したいという気持ちが強くなってきました。

と言っても、当初の考えは和楽器だけのコンサートは考えていなかったのです。実は人形劇の舞台音楽として和楽器の生演奏を合わせた形で届けようと考え企画していましたが、

その形式で活動しようと思えばかなり大掛かりな事になり、予算の面でもなかなか実現出来ない・・・和楽器のコンサートだけで子供達を惹きつける自信が無かったのかなと思います。

ではまず、和楽器だけの編成で、出来るだけ分かりやすく、楽しく、子供達も参加出来て飽きないプログラムを試行錯誤致しました。そして出来上がったのが「こども和楽器コンサート」なのです。

あれ、いつの間にか私のプロフィールのご紹介というより、サクラトーンの始まりの物語になってしまいました(笑)

そんなわけで、サクラトーンの物語はまた別の機会にお話しさせて頂きますが、今の悩みは私の他に三味線奏者が居ない事・・・。

機材スタッフ、司会、事務作業と一人でまかなっておりますので、演奏だけで無く全てを受け持ってくれる奏者がなかなかいません。我こそは!という奇特な(笑)な若手奏者の方、サクラトーンは待っていますよ!